その398) 「その先にあるもの」を理解しているかどうかが大事。



「保育」を必要としている。


「ソーシャルワーク」を必要としている。




よく そうした言葉を見かけます。




確かに そうした状況というのは あります。




でも、、その言葉の通りに




「保育をすること」


「ソーシャルワークをすること」




「それをすること」が 目的だと思ってしまうと


本来の意味から 大きくかけ離れたものに なってしまいます。






「保育」も「ソーシャルワーク」も 目的ではありません。


あくまでも 「手段」 なのです。






利用者が求めているもの




それは 「安心」や「心地よさ」といった 目に見えない感覚です。


そこに 『価値』を求めているのです。





「安心」や「心地よさ」を感じてもらうこと



これが、本来の目的です。




そのために、


保育者は、「保育」という技術を提供して それを実現し、


ソーシャルワーカーは、「ソーシャルワーク」という技術を提供して


それを実現するのです。





しかし、場合によっては


「安心」や「心地よさ」を提供するために


保育者が 「保育」という技術ではなく、別の技術を使う必要があります。




ソーシャルワーカーも同じです。


「ソーシャルワーク」という技術ではなく、別の技術を使う必要があります。






これが


保育者が 「ソーシャルワーク」を学び、


ソーシャルワーカーが 「保育」を学ぶ 理由です。





「なぜ、保育以外の事を学ばなければならないのですか??」


「なぜ、ソーシャルワーカーがそれ以外を学ぶ必要があるのでしょうか?」



もし、そうした疑問を抱いたならば


もう一度 本来の「目的」を考えてみることが 大切です。






「保育」や「ソーシャルワーク」の 



その先にあるもの




それは、「同じもの」なのです。 (げんき)





 「なに」と「なぜ」を 常に考えましょうと お話しています。

 「なに」をやることが役割なのか、それは「なぜ」やらなければならないのか、この2つを常に問うことです。(げんき)