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2019年

11月

22日

その879)「何を」と「どのように」は、明確にしておくことが大切です。

 

 

「面談中に話を聴く際に、どういう点に注意をしたらいいでしょうか?」

 

 

カウンセラーやセラピスト、ソーシャルワーカーの先生からよく頂く質問の1つです。

 

 

 

相談の中に出てくる話を構成しているものは、大きく分けると2つになります。

 

 

1つは、「何をしたらいいか」

 

もう1つは、「どのようにしたらいいか」

 

この2つ です。

 

 

 

「何をしたらいいのか」わからない。(やること)

 

「どのようにしたらいいのか」わからない。(方法)

 

 

 

大きく分けると、この2つになります。

 

 

 

 

よく、面談技術の中で、「傾聴」について書かれています。

 

 

相手の気持ちを察しながら、うなづいたり、表情を読み取りながら聴いたり、

 

もちろん、大切なことです。

 

 

 

ただ、「聴き方」ばかりに集中しすぎて、話の内容がずれている。

 

そんな「面談」をよく見かけることもあります。

 

 

 

相手は、「どのようにしたらいいのか」を尋ねているのに、

 

聴く側が、「何をしたらいいのか」を力説している。

 

 

 

「質問」と「返答」が異なっているケースです。

 

 

 

「何をしたらいいのかは、わかっています。

 

ただ、どのようにしたらいいのかが わからないから質問しているのです。」

 

 

相手のこころの中では、きっと そんな思いが浮かんでいるはずです。

 

 

 

 

 

こうした「ズレ」が起こりやすいのは、

 

 

相手から質問された「どのように」の答えが浮かばないから、

 

とっさに「何を」が出てしまう。

 

 

こちらに「答え」が準備されていない時 です。

 

 

 

でも、返答しなければならない、だからとっさに「何を」を解説してしまう。

 

そういう時に起こりやすいのです。

 

 

 

 

「どのように」 その方法がわからない時には、

 

「どのようにしたらいいのかは、すぐには思い浮かばないのですが」

 

そう答えたらいいのです。

 

 

 

 

その方が、あらためて「何を」を説明されるより、より信頼感は増します。

 

 

 

「面談」で大切なのは、「素直に聴き、素直に答えること」です。

 

 

 

「こちらは、専門家なんだ。」 

 

 

そう思った瞬間から、「面談」は「解説の場」に変わってしまいます。

 

 

 

 

「面談」で緊張しているのは、実は「聴く側」なのです。(げんき)

 

2019年

11月

16日

その878)「分け方」の裏側にある「考え方」に常に目を向けることです。

 

 

「分け方」を見れば、その人の「変え方」がわかる。

 

「分け方」とは「考え方」です。

 

 

 

園を訪問したり、行事に参加したり、集団活動に加わる際に、

 

必ず目を向けるのが、この「分け方」です。

 

 

 

 

普段の生活の中で、人は様々「分けている」のですが、

 

その「分け方」は無意識に行っていて、じっくりとその裏側にある「考え」に

 

目を向けることは、まずありません。

 

 

 

 

「分け方」

 

 

例えば、

 

・「髪型」を右から分けるのか、左から分けるのか。

 

 

・ホールケーキを人数分 均等に分けるのか、それとも 身体の大きさによって分けるのか。

 

 

・集団行動する際に、「男女」で分けるのか、それとも「学年」で分けるのか。

 

 

・キャリーバックの中を「用途別」「重さ別」に分けるのか、「使う日時別」に分けるのか。

 

 

 

 

「分ける」という行為は、本当にたくさんありますが、そこには必ず「考え」があります。

 

 

 

 

この「分ける」という行為。

 

実は、「トラブル」を生み出す元にもなります。

 

 

 

 

・なぜ うちのこどもだけ 色が違うのか。

 

・なぜ うちのこどもだけ 大きさが違うのか。

 

・なぜ うちのこどもは、こちらのグループにいるのか。

 

 

保護者の立場からみると、「分け方」には、そうした不満が生まれることもあります。

 

 

 

 

大人の世界でも そうです。

 

・なんで あいつが 課長なんだ。

 

・なんで あいつだけ 楽しているんだ。

 

・なんで あいつだけ 休んでいるんだ。

 

・なんで あいつ あっちのグループに入っているんだ。

 

 

 

そうした不満の原因を よくよく深くみてみると「分け方」があり、「考え方」があるのです。

 

 

 

 

面談記録のフォーマットも そうですし、

 

勤務のシフトも そうです。

 

 

 

普段の生活の中には、様々な「分け方」とその裏には、必ず「考え方」があるのです。

 

 

 

 

カウンセラーやセラピスト(療法士)は、常に その2つに目を向けています。

 

 

 

人の「考え」というのは、目に見えないため わかりません。

 

でも「分け方」を見れば「考え方」は、わかるからです。

 

 

 

 

「よく あの人の気持ちが、ほんとわからない、、、」

 

「あいつ、何考えているのか、ぜんぜん 理解できん」

 

 

そういう不満を耳にしたり、相談されるのですが、その際には アドバイスしています。

 

 

 

 

「分け方」をみたらいいですよ、って。(げんき)

 

 

 

2019年

11月

15日

その877)【面談技術】「不安」はすべて「図解」で解決するのです。

 

 

はじめて相談室にいらした保護者の方から、毎回、いや必ず言われることがあります。

 

 

それは、「ほんとうに、わかりやすいですよね!!」という一言です。

 

 

この言葉は、大変うれしいもので、スタッフ一同 みんな 頑張る力になります。

 

 

 

この「わかりやすい」という言葉。

 

 

もちろん「説明(解説)」のわかりやすさ という意味だと思うのですが、

 

その理由は、どんなご相談であっても 必ず「図解」を使うからです。

 

 

 

 

「相談室」である以上、いらっしゃる方は、みなさん「ご相談」があります。

 

 

自分の抱えている「問題」や「思い」をこの場でお話頂く。

 

 

そのための「場」が「相談室」だからです

 

 

 

 

通常の「カウンセリング」の「場」をイメージしてください。

 

 

目の前にソファーや椅子があって、そこに「相談室の面談担当者」が座っています。

 

自分との間には、長い「テーブル」が 1つ あります。

 

そして 相談にきた「自分自身(ご相談者)」がこちらに座っています。

 

 

 

完全にクローズされた空間で、壁面には 余計な情報はありません。

 

 

 

「相談室」というのは、

 

「静か」であり、「1対1」であり、「話す」ための「場」

 

それが「相談室」です。

 

 

 

 

そこに、「はじめて」という言葉が頭についたとします。

 

 

 

「はじめての相談室」「はじめての相談」 です。

 

 

 

 

もちろん、話したい内容をみなさん、しっかりと考えて準備されていますが、

 

いざ、「はじめての相手」に「はじめての話」をするとしたら、まず、誰もが緊張します。

 

 

自分なりに相手に伝わるように説明をしているつもりですが、

 

それが、「相手に伝わっているだろうか」そんな不安もよぎりながら、

 

1つずつ 相談したい話を お話していきます。

 

 

 

「お話上手な人」であっても、「話が苦手な人」であっても

 

「相手に伝わっているだろうか」という「不安」は誰もが抱きます。

 

 

 

自分が話している「内容」が伝わっているだろうか?

 

 

自分の「思い」が伝わっているだろうか?

 

 

自分が「望んでいること」が伝わっているだろうか?

 

 

自分が「なぜ相談に来たのか」 その「理由」が伝わっているだろうか?

 

 

そうした「不安」は必ず湧いてくるのです。

 

 

 

 

「ちゃんと伝わっっていますよ」という「メッセージ」は、

 

通常、『表情』や『仕草』、『言葉』で、ご相談者にお伝えします。

 

 

 

なんらかの「見える形」での「メッセージ」。

 

ご相談にいらした方には「ちゃんと伝わっていますよ」という「メッセージ」が必要なのです。

 

 

 

 

実はそこに、「図解」を加えているのです。

 

 

 

 

その「図解」というのは、

 

 

「ホワイトボード」の「貼りもの」であったり、

 

 

「スケッチブック」上での「図解」であったり、

 

 

「カード」であったり、様々なのですが、

 

 

 

「伝わっていますよ」というメッセージを「見える形」でお返しし、

 

「ちゃんと伝わっているんだ」という「安心」してもらうための工夫をしています。

 

 

 

 

例えて言えば、

 

 

自分が口頭で「アライグマ」の説明をしています。

 

 

目の前の相手は、うなづきながら聴いています。時折 質問もします。

 

 

 

そして、目の前の相手が、「すごく、わかりやすかったですよ」といって

 

話を聞きながら スケッチブックに書いたものをみせます。

 

 

 

「こんな感じですか?」

 

 

「そうです! それです。」

 

 

「相談の場のイメージ」は、そんな感じなのです。

 

 

 

はじめてご相談にいらした方の「ほんとうに、わかりやすいですね」という言葉。

 

 

 

実は、私たち「相談を受ける側」にではなく、

 

上手に伝えることができた「自分自身」への称賛の言葉なのです。(げんき)

 

 

2019年

11月

14日

その876)「保育者による虐待」を防止するにはどうしたらいいですか?

 

 

最近、「保育者による虐待」のニュースが後を絶たず、本当に残念です。

 

ネットニュースやTVニュースを観るたびに 本当に胸が痛くなります。

 

 

先日、保育者研修会の中で、

 

「保育士による虐待のニュースをテレビで観て、本当に悲しくなります。

 

私自身も同じ保育者なので、想像はつくのですが、どうしたらなくなりますか?

 

どんな対策を園も保育士もとったらいいでしょうか?」

 

 

というご質問がありました。

 

 

 

大変難しい質問で、的確な答えを即答できるか 少し戸惑いましたが、

 

「僕が 普段感じていることでもいいですか?」と前置きをしてお話ししました。

 

 

 

 

「防止」(ふせぐ)というのには、2つのものが あります。

 

 

それは「当事者(本人)」「周囲(まわり)」 です。

 

 

 

●「当事者(本人)」に対する防止は、

 

本人と直接話しをして「やらない」ように促すことです。

 

 

●「周囲(まわり)」に対する防止は、

 

見つけたり、気づいたら、一早く連絡をしてもらうこと です。

 

 

 

 

この2つ どちらが難しいと思いますか?

 

 

それは、もちろん「当事者(本人)」に対する防止の働きかけです。

 

 

難しい理由は本人に「持論」があるからです。

 

 

意味もなく行っているわけではなく、本人なりの「持論」を持っているからです。

 

 

それが良いか悪いかは別として、そう簡単に意見があうことは難しく、

 

ましてや、口調が強かったり、相手が気性が激しかったりすると話し合うことさえ難しくなります。

 

「持論」を支えている、相手の気性や性格 を変えようとすることは、

 

できないことはないのですが、かなり困難で時間もかかります。

 

 

 

では、「周囲(まわり)」に対する防止の働きかけは どうでしょうか?

 

『見つけたり、気づいたら 一早く連絡してもらうこと。』

 

 

これは、徹底することは可能です。

 

 

ただし、条件があります。

 

 

それは、「確実に連絡した相手が対応できるかどうか」です。

 

 

「連絡してください」といった相手が、「信頼できるかどうか」

 

 

これが すべて です。

 

 

ちゃんと 当事者(本人)に対して説得し、やめさせることができるのか。

 

連絡をした 自分たち自身を守れるのかどうか。

 

 

 

そこに「疑問」が少しでもわけば、この「防止」の働きかけも微妙なものになります。

 

 

 

これは、何も「保育者の虐待」ケースに限ったことではなく、

 

「児童虐待の通報」や「事業所内でのパワハラ」なども まったく同じです。

 

 

 

 

『園でできること。』

 

 

もちろん園内のコミュニケーションも大切ですが、

 

やはり 一番重要なのは「保育観」が共有されているかどうかです。

 

 

そして、その「保育観」に「無理がないか」どうか

 

 

そこが「重要なポイント」になります。

 

 

 

どんな立派な「理想」を掲げても、そこに「無理」があれば、

 

それはいずれ 無理やり「理想」に近づけようとする「心理」が働きます。

 

 

 

 

人を鼓舞する「理想」は、みんなに「しあわせ」をもたらしますが、

 

人を追い込む「理想」は、いずれ 大きな「ふしあわせ」を生み出すのです。(げんき)

 

 

2019年

11月

09日

その875)「大事にされている」という実感を『連鎖させること』がコツ。

 

 

昨日は、「保育の職場のコミュニケーション」について講師として研修を行いました。

 

 

その研修会の中で質問を頂きました。

 

 

「職場全体の力をあげる、1人1人のつながりを深めたい。そう考えていますが、

 

なかなか難しく、どうやって1人1人の職員に指導をしていいのかわかりません。

 

どんな風に伝えるとよいと思いますか?ぜひ 先生のお考えを教えてください。」

 

 

という内容でした。

 

 

主任の先生らしい、職場全体。1人1人の職員への想いが伝わるご質問でした。

 

 

 

 

「職場のコミュニケーション」を高めるためには、

 

 

「あるもの」を その場に 充満させることが ポイントです。

 

 

その場に あふれさせるのです。

 

 

 

その「あるもの」とは、「大事にされている感」です。

 

 

 

「大事にされている」という実感です。

 

 

 

この人は、私のことを大事にしてくれている。

 

 

そうした「実感」を広げるのです

 

 

 

 

 

人は「大事にされている」という実感を持つと

 

相手のことも大事にしようとします。

 

そして、その「大事にされているという」想いは、さらに相手にも伝わります。

 

双方向になるのです。

 

 

これが 「しあわせなコミュニケーション」の基礎です。

 

 

 

A先生が、B先生に対して「大事にされている」という実感をもつと

 

今度は、B先生が A先生に対して「大事にされている」という実感をもつのです。

 

 

 

こうした「大事にされている感」を増やしていくことが大切です。

 

 

C先生と D先生の関係。

 

E先生と F先生の関係。

 

 

 

そうやって個別に、セットで増やしていくのです。

 

 

 

すると、それは次第に広がり、 A先生とD先生。 B先生とF先生。

 

そうやって、網の目に広がっていきます。

 

 

 

 

ポイントは、『1ペアずつ 行うこと』です。

 

 

まずは A先生とB先生。 C先生とD先生の間のように

 

「大事にされている」想いを感じられる関係を、1ペアずつ作ることです。

 

 

 

最初から、 A先生とB先生。 そして A先生とC先生。 A先生とD先生。

 

 

そうやって A先生が、どの先生に対しても「大事にしている感」を伝えると

 

 

 

逆に、

 

「A先生は、誰に対しても いい恰好しているよね、、」

 

「A先生は、八方美人よね、、」と ネガティブに捉えられてしまうこともあります。

 

 

もちろん、全部そうなるというわけではないのですが。

 

 

 

 

そうした点もふまえて、管理職の方や主任の先生方には、

 

職員同士の関係をふくらませていく「言葉がけ」を実践してもらっています。

 

 

 

 

そうした「言葉がけ」についても研修ではお話をしています。(げんき)

 

 

 

 

 

2019年

11月

08日

その874)【面談技術】「考えなくていいこと」がほとんどなのです。

 

 

僕が、面談やセラピーを行う際に使う ツールは 2つだけです。

 

 

それは、「カード」と「ペン」

 

 

この2つ です。

 

 

 

 

「カード」は、100円ショップなどで売っているような「情報カード」です。

 

 

その無地を使用します。

 

 

「ペン」は、ぺんてるのサインペンです。

 

 

昔ながらのロングセラーのペンの「黒」を使います。

 

 

 

「面談」での使い方も とてもシンプルです。

 

 

 

今、抱えている心配事を 話してもらい、

 

それを 1枚 1枚 その「カード」に書きます。

 

そして、その「カード」をテーブルの上に並べていきます。

 

 

 

 

「まだある?」

 

 

「もうない?  まだ あるでしょ?」

 

 

 

そんな感じで どんどん テーブルの上に「心配事」を並べていきます。

 

 

 

 

すると、ご相談にいらした方から

 

 

「もう ないです。これくらいです。」

 

 

そんな言葉が出てきます。

 

 

 

全部 出し終わると、今度は 話し合いながら

 

その「カード」を整理し、1枚1枚 テーブルから消していきます。

 

 

これを約50分くらいかけて行う。

 

 

 

これが 僕の面談のやり方です。

 

 

 

 

 

この面談技術の大切なポイントは、2つ。

 

 

 

1つは、「すべて」と思ってもらうこと。

 

 

もう1つは、「いらない」と思ってもらうこと。

 

 

この2つ です。

 

 

 

 

 

これで「すべて」です。 そう思ってもらうまで カードを書き続けます。

 

 

こころの奥にあるもの、 全部を出し切ったと思ってもらうこと が大事です。

 

 

 

 

そして、もう1つの「いらない」と思ってもらうとは、

 

1つ1つの問題を話し合いながら、分類することで、

 

「考えなくていいもの」があるということを 認識してもらうことです。

 

 

 

自分では どうしようもないこと。

 

考えても仕方がないこと。

 

 

 

それを「いらない」と思ってもらうこと が大切です。

 

 

 

 

 

20枚くらい並べたとしたら、ほぼ 15枚くらいは 「考えなくてもいいこと」です。

 

その15枚は、テーブルから どんどん消えていきます。

 

 

残りの5枚のカードも、よくよく見てみると「同じテーマ」だったりします。

 

 

 

20個の「心配ごと」があったとしても、最終的には 1つだけになることもあります。

 

 

 

 

 

 

僕は、面談やセラピーだけでなく、

 

 

自分の仕事を整理したり、体調管理や悩みを整理するのにも自分で「カード」を使っています。

 

 

 

ただ、書き出すのは出来るのですが、

 

そこから減らしていく作業は やはり 他人のアドバイスを受けながらでないと 難しいです。

 

 

 

 

 

 

 

「面談」技術とは、「減らす」技術なのです。(げんき)

 

 

 

 

2019年

11月

07日

その873)「それをやる理由は、これです」を伝えると「トラブル」は減る。

 

 

 

仕事をしていると、いや その他のどんな事でもそうですが、

 

「トラブル」が発生することがあります。

 

 

 

「トラブル」は、誰でも どこであっても 起こるものです。

 

 

「機械のトラブル」もあれば「人間関係のトラブル」もありますが、

 

やはり、人を悩ませるのは「人間関係のトラブル」です。

 

 

 

 

「人間関係のトラブル」の原因。

 

 

ほとんどの場合、それは「行き違い」です。

 

 

 

こちらの意図と相手の意図が違う。

 

そうした「コミュニケーションのずれ」が原因です。

 

 

 

「なんで、こうなんだ!」

 

「なに やっているんだ!」

 

 

というのが、ほとんどです。

 

 

 

なんでこんなことをするのか、理由がさっぱり わからないのです。

 

 

 

 

世の中には、「トラブル」がとても少ない人がいます。

 

 

「人間関係のトラブル」をうまく回避できる人です。

 

 

 

実は、この方には 大きな特徴があります。

 

 

それは「理由がわかりやすい」ということです。

 

 

 

 

「それをやる理由は、こういうことです。」というメッセージを、

 

無意識のうちに「相手に伝える能力」を持っているのです。

 

 

 

 

 

この荷物をここに置く理由。

 

 

先に別の子の対応をした理由。

 

 

この書類を後回しにした理由。

 

 

机の上に明日の道具を出している理由。

 

 

 

そうした「理由」が自然と相手に伝わるのです。

 

 

 

なぜ そうなのか を伝える能力があるのです。

 

 

 

 

「理由」が相手に伝わると

 

そのことに対して「別の意見」や「自分の考え」を伝えることができます。

 

「それよりも、このやり方でやってください」と相手に「理由」を伝えることができます。

 

 

 

「理由」がわかると、「トラブル」は ほとんどなくなるのです。

 

 

 

 

「理由」を後から言うと、それは「言い訳」になります。

 

そうすると、さらに「トラブル」が悪化します。

 

 

 

 

 

「理由」というのは、

 

先に伝えるか、後で伝えるかで 大きな「差」が出るのです。

 

 

 

 

 

では、どうやったら 自然に「理由」が相手に伝わるようになるのか?

 

 

 

 

それは、「素直になること」です。

 

 

 

 

わからなければ 素直に聞く。 

 

自分の感想を素直に伝える。

 

素直に感情を表現する。

 

 

それを繰り返していると、自然と 自分の行動理由が 相手に伝わるようになるのです。

 

 

 

素直になると「わかりやすく」なるのです。

 

 

 

 

「素直な人」は「トラブル」が少ない。

 

 

 

「理由」は、シンプルなのです。(げんき)

 

 

 

2019年

11月

06日

その872)「学び続けること」を教えるのが「先生」の役割なのです。

 

 

 

「学校」の役割とは、いったい何でしょうか?

 

「先生」の役割とは、いったい何でしょうか?

 

 

 

もし、こんな質問があったとしたら、みなさんなら どう考えますか?

 

 

もちろん、答えは 1つではありません。 人それぞれです。

 

100人いれば、100通りの「解答」があるでしょう。

 

 

 

・人を成長させる「場」です。

 

 

・「学び」の「場」です。

 

 

 

表現に多少の違いはあっても、おそらく そうした答えが返ってくると思います。

 

 

 

ある学生の方から、こんな質問をいただきました。

 

 

「学校で学んだことを、社会に出て実践でいかせと言われるのですが、

 

どうやったらいいのか、よくわかりません。 どうしたらいいですか??」

 

 

という内容でした。

 

 

 

 

「学校」で「学び」

 

そして、それを「社会」で「実践する」(使う)

 

 

先生から、そう教えてもらったようです。

 

 

 

 

「学びの場」と「実践する場」

 

 

そのように教えてもらったのであれば、今ある疑問や不安は不思議ではありません。

 

 

 

 

僕は、少しだけ異なる考えをもっています。

 

 

それは、「学校」の役割、「先生」の役割は、

 

 

「学び続けること」を教えること。

 

 

そう考えています。

 

 

 

「何」を学ぶかではなく、「学ぶこと」を学ぶ「場」。

 

 

それが「学校」であり、それを教えるのが「先生」の役割だと思っているからです。

 

 

 

 

「学校」で学んだことが、「社会」に出て役に立つ。

 

 

 

もちろん、そういうこともありますが、、そんなに多くはありません。

 

 

 

それよりも、誰もが感じることは、

 

「社会」に出ると 途方もなく「学ぶもの」が多い。

 

「社会」に出た後の方が、学ばなければならないことが多い。

 

 

ということです。

 

 

 

つまり、「ずっと勉強」なのです。

 

 

 

 

「先生」の役割というのは、「学び続けること」を教えることです。

 

 

 

 

生涯ずっと勉強なのだ。

 

先生は、どんな場所にもいて、あらゆる人が先生なのだ。

 

「学ぶこと」が大事なのではなく、「学びつづけること」が大事なのだ。

 

 

というのを教えるのが 役割です。

 

 

 

 

「勉強」を教えるのではなく、「学びつづけること」を教えるのです。

 

 

 

 

僕は、「学校」や「先生」の役割をそのように考えています。

 

 

 

 

良い先生から学ぶと、こどもは「学び続けること」ができます。

 

 

 

「知識」が増えるのではなく、「経験」が増えるのです。

 

 

 

 

どんな「経験」も恐れず、それを次に生かすこと。

 

 

それを教えるのが「先生の役割」なのです。(げんき)

 

 

 

2019年

11月

05日

その871)「共感」とは「矛盾点を探す」ということです。

 

 

 

よく、教科書やテキストなどに「共感が大切です」と書かれています。

 

 

 

研修などでも「共感って、なんですか?」と質問してみると

 

 

大半の方は、

 

 

「相手のこころに寄り添うこと」「相手の気持ちに寄り添うこと」

 

 

という答えが返ってきます。

 

 

その通りです。

 

 

では、「共感」して なに発見するのですか?

 

さらに 質問してみると、それ以上の答えが返ってくることは あまりありません。

 

 

 

実は、「共感」とは かなり難しいもの なのです。

 

それは、「目的」を持っておこなう「思考プロセス」 のことだからです。

 

 

 

 

「共感」する項目というのは、4つあります。

 

 

「思考」「感情」「言葉」「行動」  この4つです。

 

 

 

どんな風に考えているのだろう。なぜ、そんな思いがあるのだろう。

 

どんな感情が生まれているのだろう。なぜ そんな感情を持っているのだろう。

 

どんなことを言っているのだろう。なぜ、その言葉で表現したのだろう。

 

どんなことを行ったのだろう。 なぜ、その行動に出たのだろう。

 

 

 

この4つについて、相手の気持ちになって考えます。

 

そこには「評価」は不要です。良いも悪いもないのです。

 

 

 

この4つに分解して考え、想像していくと

 

「あること」に気づきます。

 

 

 

それは、「矛盾点」です。

 

 

 

なぜ こんな風に考えたのに、こんな「言葉」で表現したんだろう。

 

 

なぜ こんなことを言っているのに、この「行動」になるんだろう。

 

 

なぜ、こんな気持ちがあるのに、何も表現しないんだろう。

 

 

 

「思考」「感情」「言葉」「行動」

 

 

それぞれを考えていくと、

 

 

つながりが見つからない。 意外な点。 なかなか想像できないようなこと。

 

そうした「矛盾」が見つかるのです。

 

 

 

 

それが「その人」の「本当の思い」です。

 

 

 

 

そして、その矛盾を掘り下げて考えていく中で、「気づいたこと」「感じたこと」があると

 

 

「そうなんだ!だからなんだね!」という、そんな発見があります。

 

 

腑に落ちる瞬間 です。

 

 

 

これが「共感」なのです。

 

 

 

 

 

人の話を聞いて「うん、うん、わかる、わかる、それ!、」は、「共感」ではないのです。

 

 

 

 

「いや、わからないよな、その気持ち、、」

 

 

それをさらに「なんでだろう」と考え、掘り下げていくと、 

 

きっと「あー、そっか、そういう思いだったんだね」に気づき、

 

納得する、腑に落ちる瞬間がある。  それが「共感」です。

 

 

 

 

「よくわからない」から「共感」が生まれるのです。(げんき)

 

2019年

11月

04日

その870)「センスのいい調整力」とは「ちょうどいい」ということです。

 

 

学生の方からメールでご質問がありました。

 

 

「学校の先生から、支援には、調整力が大切ですと言われたのですが、

 

調整力って、どんな感じなのでしょうか?」

 

 

という内容です。

 

 

 

 

「調整力とは どういうものですか?」ということですが、、、

 

 

 

この「調整力」。さらに 2つに分かれます。

 

 

 

それは「センスのいい調整力」「今ひとつの調整力」です。

 

 

 

 

「センスがいい」とは、「ちょうどいい」ということです。

 

 

「ちょうどいい湯加減」

 

「ちょうどいいサイズ」

 

「ちょうどいい大きさ」

 

 

 

世の中には、「ちょうどいい」がたくさんあります。

 

ただ、この「ちょうどいい」は「人」によって異なります。

 

 

 

私にぴったり!という人もいれば、私には あわない!とい人もいます。

 

 

 

「洋服」や「靴」などは、1つのサイズしかなければ、あわない人が出てきます。

 

 

でも、「S」「M」「L」や、「23」「23.5」「24」など サイズに分かれていると

 

 

それぞれの人にあったものが見つかります。

 

 

「ちょうどいい」人が、たくさん出てくるのです。

 

 

 

これが「センスがある調整力」なのです。

 

 

 

 

「センスがある支援」からは、たくさんの「ちょうどいい」が生まれます。

 

 

「今ひとつの支援」からは、たくさんの「私には合わない」が生まれます。

 

 

 

 

「物事」や「サービス」を絶妙に分けるちからが、「調整力」です。

 

 

 

 

「ちょうどいい」を見つける力を「センス」というのです。(げんき)

 

 

 

2019年

11月

01日

その869)不調を抱えた保護者支援は「1週間」を基本単位とします。

 

 

 

昨日あった「保護者支援」の研修会の中で、こんな質問を頂きました。

 

 

「今、ある保護者の方が心身の調子が悪そうで、日々 対応する際に苦慮しています。

 

園として、どのように接したり、どんな風にサポートしたらいいですか?」

 

 

 

という 不調感を抱えた保護者の方についての内容でした。

 

 

より細かな診断名等が、この場でも紹介されましたが、ここでは省略しています。

 

 

 

 

 

僕のところでは、「面談」は基本的には「2週間に1回」のペースで行っています。

 

 

その間のメールや電話でのサポートは、「1週間に1回」です。

 

 

支援の基本の単位を「1週間」にしています。

 

 

 

 

不調を抱えていなくても 誰でもそうですが、

 

 

調子が良い時もあれば、悪い時もあります。 機嫌だって、そうです。

 

日々、様々な出来事があれば、やはり「波」もあり、1日単位で変わることが普通です。

 

 

 

基本は、「その1週間」が

 

「安定した1週間」だったのか、それとも「不安定な1週間」だったのか

 

そこを基準に、次の「1週間」の支援を考えています。

 

 

そして、最初の1週間と次の1週間をあわせた「2週間」で 評価を行います。

 

この「2週間」が2セットで、ほぼ「1か月」になります。

 

 

 

 

では、園で保護者に対応する場合には、どうしたらいいか?

 

 

それは、「1週間」の間、「対応」を「同じ」にすることです。

 

 

 

「同じ」というのは、

 

職員全員が、「見る」「聞く」「話す」を「同じ」にするということです。

 

 

 

今週は、笑顔があるか表情だけを注意して見る。

 

今週は、お話を聞く際には、出来る限り ゆっくりとした雰囲気で聞く。

 

今週は、無理しないでくださいというメッセージが伝わるように話す。

 

 

そうした「対応」を全員で共有することです。

 

 

 

 

 

もちろん、それができる日もあれば、できない日もあります。

 

バタバタとして忘れてしまう日もあります。

 

 

 

だからこそ「1週間」という枠の中で、考えることが大切なのです。

 

 

「対応」を「同じ」にすることは、保護者本人だけでなく、職員の負担感も減らします。

 

自分がうまく対応できなくても、他の先生がフォローすることが可能だからです。

 

 

 

 

大事なことは、

 

 

「調子の良い1週間」も「調子の悪い1週間」も

 

 

どちらも同じ「大切な1週間」である ということです。

 

 

 

 

人は生きていく上で、「不安定」な時が あってもいいのです。

 

 

 

 

「調子」が悪くても「安心できること」

 

そうした関わり方こそ、大切なのです。(げんき)

 

 

2019年

10月

31日

その868)「保育」に力を注げるように「他のこと」は徹底して改革をする。

 

 

 

保育者が、「保育」に自分の能力やちからをすべて注げるように、

 

 

「他のこと」は、徹底して「他の業界」や「他の園」でうまくいっているものを

 

 

取り入れて、改善・改革する。

 

 

「パワハラ」や「サービス残業」「安全管理業務」「離職防止」などは、

 

 

体制や仕組みを整えれば、保育者を疲弊させない、うまくいく方法は必ずある。

 

 

大事なことは「本気」かどうか、「やる気」があるかどうかだ。

 

 

 

 

 

事務所の「断捨離」をしていたら、5年くらい前のノートが出てきました。

 

それを、パラパラとめくっていたら、そんな走り書きのメモが書いてありました。

 

 

あらためて、自分は「保育者の働く環境」を整えたいのだと感じた。

 

 

 

このメモに 1ヵ所だけ、黄色のマーカーがしてある所がありました。

 

それは、「他の業界」という部分です。

 

 

 

 

僕は、研究所とは別に、企業向けのメンタルヘルス支援の会社をやっています。

 

 

お客様は、「医療」「介護」「学校」「食品工場」「運輸」「流通」「服飾」「映像技術」

 

「ガス事業」「派遣」「電気」「工場」など、あらゆる業種があります。

 

 

 

それぞれの業界には、他の業界にはない、独自の「仕組み」や「知恵」があります。

 

知られているようで、あまり知られていない。

 

 

その業界では、あまりにも当たり前すぎて、意識もしていないのだけれど、

 

他の業界からみれば、目から鱗のやり方だったりします。

 

 

そうしたものを、うまく「転用」することができれば、少しは働きやすくなるかもしれません。

 

 

 

「コンサルティング」とは、『加工業』です。

 

 

 

どれだけうまく「加工」して「転用」できるか。

 

 

世の中には、まだまだ「材料」がたくさん眠っています。

 

 

「改善」や「改革」の一番最初のステップは、「探す」ことです。

 

 

 

 

管理者が、それぞれ「探してきたもの」を一人ずつ発表する勉強会

 

そういうのが、本当の「役に立つ」勉強会なのかもしれません。(げんき)

 

 

 

 

 

2019年

10月

29日

その867)1分でも長く「しあわせな時間」を作ることが「支援」なのです。

 

 

 

昨日の保育者研修の中で、

 

 

「支援にとって、一番大切な考え方というのがあれば是非教えてください。」

 

というご質問を頂きました。

 

 

 

 

大切なことは、たくさんあるのですが、

 

「これ」がなければ、人のこころは動かない

 

 

というものをお伝えいたしました。

 

 

 

それは「しあわせな時間」を作ること。

 

 

そのためのお手伝いをするのだという「想い」  です。

 

 

 

1分でも1秒でも長く「しあわせな時間」を過ごしてもらいたい。

 

 

その「想い」が一番深いところにあるかどうか です。

 

 

 

 

 

人は、必ず、、いや 人だけではなく

 

 

必ず「別れの日」がきます。

 

 

 

生きている。存在している。ということは「別れ」を避けられないのです。

 

 

 

だからこそ、今 目の前にある世界で 「しあわせだ」と思える時間を

 

1分でも1秒でも長く過ごせるかどうか、

 

最終的には、そこが一番 大事なのだと思います。

 

 

 

 

「支援」というのは、支え、応援するということですが、

 

「何を」となれば、『これ』しかないのです。

 

 

 

もちろん、「支援」には、何らかの改善や変化を促す場合もあります。

 

ただそれも「しあわせな時間」を少しでも長く過ごしてもらいたい。

 

そうした「想い」があるのです。

 

 

 

 

 

この世界で一番貴重なもの。 それは「時間」です。

 

 

そして、一番大事なものは「想い」です。

 

 

 

 

「時間」×「想い」

 

 

この公式から導き出されるものが、「しあわせ」であるかどうか

 

そこが大事なのです。

 

 

 

 

 

「時間」×「想い」=「しあわせ」 です。

 

 

 「時間」×「しあわせ」ではありません。

 

 

 

「誰か」を想うこと。

 

 

「想い」からしか生まれないのが「しあわせ」なのです。(げんき)

 

 

 

2019年

10月

28日

その866)「こころの問題」と向き合うなら、まず「身体」と向き合うことです。

 

 

「不安」を抱えている人が、「こころの問題」に向き合うと、

 

まっすぐに「自分が抱えている問題」に向き合うと どうなるか。

 

 

 

「不安」がさらに増します。

 

 

どんどん「不安」が大きくなったり、新たな心配事が生まれたりします。

 

 

「不安」に向き合うのであれば、誰かが導きながら 向き合うのであればいいのですが、

 

1人で向き合うと、悪い方へ 悪い方へと どんどん思考が流れてしまいます。

 

 

 

「こころの問題」と向き合うことは、大切です。

 

でも、その前に「やること」があるのです。

 

 

 

 

それは「身体と向き合うこと」です。

 

 

 

自分自身の「身体」と、少し丁寧に向き合ってみるのです。

 

 

 

胸の前で、右腕と左腕を交差させてみると どんな感覚になるだろう。

 

 

どこか痛い? 腕の重さを感じる?

 

 

 

右腕と左腕をクロスして、そのまま 左手で自分の右のこめかみを

 

右手で自分左のこめかみを 押さえてみると どんな感じがする?

 

 

 

立ったまま、まっすぐに腰を曲げて、 ゆっくり ゆっくりと

 

手を伸ばしたら、その手は 床につく? 痛くない? 

 

 

 

そうやって、どんな部位でもいいので、ゆっくりと動かして その感覚を感じる。

 

まずは「身体」の感覚をしっかりと感じることです。

 

 

 

 

結構、硬いね、、、

 

 

こんなに重かったっけ。

 

 

そんな風に、まずは 自分の「身体」と向き合うのです。

 

 

 

その時のポイントは、「呼吸はゆっくりすること」

 

 

体操や、運動をするのではないので、ゆっくりと感じることが大切です。

 

だから「呼吸」も ゆっくりやること です。

 

 

 

そうやって、5分、10分 「身体」と向き合った後に

 

自分の「こころの問題」と向き合うこと です。

 

 

 

何事にも「準備運動」が必要です。

 

 

 

もちろん、「こころ」だって 同じです。

 

 

 

 

まずは、ゆっくりと 自分の「身体」に向き合うこと。

 

それから、ゆっくりと「こころ」に向き合えばいいのです。

 

 

 

 

よく「こころと身体」という言葉を耳にしますが、

 

 

向きあう順番は、「身体とこころ」です。

 

 

 

身体を伸ばせば、こころも伸びる。

 

身体を回せば、気も回るのです。(げんき)

 


2019年

10月

25日

その865)「支援」がうまくいっているのかを計る「マップ」が必要なのです。

 

 

 

「保護者支援」や「気になる子の支援」「配慮が必要な子の支援」

 

 

保育現場で行う「支援」には、様々なものがあります。

 

 

様々な機会を通して学び、それを日々の現場で実践しているのが「保育者」です。

 

 

 

この「支援」

 

 

「支援」を行うにあたって、とても重要かつ 必要なもの があります。

 

 

 

 

それは、「マップ」です。

 

 

 

「支援」全体が見える「地図」です。

 

 

 

この「マップ」があるからこそ、「今」どの場所にいて

 

それが うまくいっているのかどうか わかるのです

 

 

「支援」がうまくいっているかどうかを計る 重要な「ツール」なのです。

 

 

 

 

 

 

●「支援」の全体がみえる資料やフォーマット。

 

●「支援」がうまくいっているかを記録するチェックシート。

 

 

 

そうしたものを使って「支援」をされている方はいるかと思います。

 

 

ただ、「マップ」を作って支援をしている方は、これまで見たことはありません。

 

 

 

僕の場合に限っていえば、チームで支援をする際には必ず「マップ」を作ります。

 

 

 

刑事ドラマなどで、事件の全体を見る時に

 

ホワイトボードに「被害者」や「犯人」の写真をはって、簡単な情報や関連性を貼り出し、

 

みんなで一斉にそれをみながら検討するシーンを見たことがあるかと思います。

 

 

 

もちろん、「写真」などは使いませんが。イメージとすれば そういうものです。

 

 

みんなで全体を把握できるもの。それが「マップ」です。

 

 

数枚にわたる資料だと 何度もめくらなければなりません。

 

文字ベースだと読まなければなりません。

 

 

 

一目で、全体がわかるものでなければ、「共有すること」は難しいのです。

 

 

 

 

より細かく言えば、人と人との関係性もわかるのですが、

 

マップには、支援のゴールや方向性も「図形」や「カラー」で示されています。

 

今、どの時点にいて、どういうルートを辿っているか、

 

 

まさに巨大な「すごろく」や「人生ゲーム」のようなものです。

 

 

 

 

それを「ホワイトボード」ではなく、「模造紙」の上で表現しています。

 

 

 

「ホワイトボード」だと長期間そのままにはできません。

 

でも「模造紙」だと折りたたむことができるから、いつでも見ることができます。

 

 

 

 

僕の保育者研修では、長時間の研修の際に 

 

必ず、ワークで「模造紙」と「ポストイット」を使います。

 

ご参加頂いた先生は、きっと「そうそう」と、うなずいてくれるかと思います。

 

 

 

その原点が、この「マップ」です。

 

 

「マップ」は、全体が見えるだけでなく、

 

地図のように、途中から道を変えることができます。

 

新しい「道」を作ったり、目的地にいくために、別の「道」に変更したり、

 

その経緯やプロセスも 1目でわかります。 とにかく「支援」に自由度が増します。

 

 

 

そして、「1枚でわかる」

 

 

これが 最大のメリット です。

 

 

 

 

「わかりやすい」と「楽しくなります」

 

 

「楽しく支援」した方が、うまくいくと思いませんか? (げんき)

 

 

 

2019年

10月

24日

その864)「方法」ではなく「考え方」を変える方が成長の度合は大きい。

 

 

 

「こんな時、どうしたらいいですか?」

 

「こんな場合には、どんな方法がありますか?」

 

 

質問をする際に、「方法」や「やり方」を聞く Aさんがいます 。

 

 

 

 

 

「こんな時、どんな風に考えたらいいのですか?」

 

「こんな場合には、どう考えたらいいですか?」

 

 

質問をする際に、「考え方」について聞く Bさんがいます。

 

 

 

AさんとBさん、3年後に どのくらい「差」がつくでしょうか?

 

 

みなさんなら どう思いますか?

 

 

 

そもそも、AさんとBさんの質問の仕方には、どんな違いがあるのでしょうか?

 

 

Aさんは、「結果」に目を向けています。

 

 

Bさんは、「原因」に目を向けています。

 

 

 

目を向けているものが違うと、出てくる「言葉」や表現は もちろん異なります。

 

 

 

 

3年後の「差」は、数量では表すことはできないのですが、

 

 

結論から言えば 「圧倒的な差」です。

 

もっと言えば 「別格」です。

 

 

 

誰が見ても『比べる必要がない』そのくらいの「差」が生まれるはずです。

 

 

 

「結果」を考えても「原因」を考えても そう差はないだろう。

 

そう思われがちですが、その差は「複利」と「単利」の差になります。

 

 

 

 

「原因」を考える人は、失敗した時だけでなく、うまくいった時にも考えます。

 

 

「結果」を考える人は、うまくいった結果については、それ以上は考えません。

 

喜ぶことは、もちろんしますが、考えはしないのです。うまくいったのですから。

 

 

すでに、この時点でも、考える量には、大きな差がついています。

 

 

 

「原因」を考えると、それは「予防」を考えることになります。

 

 

「結果」を考えても、そこから「予防」や「防止策」は、なかなか浮かびません。

 

 

 

「原因」に目を向けると「結果」が変わるのですが、

 

「結果」に目を向けると、そもそもの「結果」は変わらないのです。

 

 

 

 

「方法」も大事です。

 

 

でも、「方法」よりも、まず先に「考え方」に目を向ける。

 

そして「考え方」を変えるようにすると、「結果」は大きく変わります。

 

 

「結果」が変わるとは、その『成長の度合が大きいこと』を意味します。

 

 

 

 

 

「新人の先生や後輩の先生を指導する際に、注意する点を教えてください。」

 

研修会で、よくご質問を頂きます。

 

 

 

「方法」よりも、まず先に「考え方」に目を向けること です。(げんき)

 

 

 

 

 

 

 

2019年

10月

23日

その863)「●●●だから安心だよね」は、もう通用しない時代です。

 

 

「●●●だから、安心だよね。」

 

 

それが、もう通用しない時代になってきました。

 

 

 

「先生だから」「警察だから」「弁護士だから」「医者だから」「大人しい人だから」

 

「礼儀正しい人だから」・・ この●●だからには、なんでも入ってしまいます。

 

 

 

これまで信頼していたものが、突如として壊れてしまうと、

 

常に、人を疑っていなければならず、「安心」して生活ができなくなってしまいます。

 

 

こうしたニュースばかりを耳にしていると、不信感しか生まれないのです。

 

 

 

先週、保護者向け講演会がありました。

 

 

その中で、こんなご質問を頂きました。

 

 

「今の時代、いろんなものが信じられない時代になっています。人を疑わないといけない。

 

それを、こどもに教える際に、常に葛藤があります。どんな風に教えたらいいですか?」

 

 

という内容でした。

 

 

 

 

本当に 難しい ご質問です。 昔、ある歌の中にも こんな歌詞がありましたが、

 

 

「信じられぬと嘆くよりも、人を信じて 傷つくほうがいい」

 

 

「初めから疑う」のか、「初めから信じる」のか  

 

 

やはり、そのどちらかになります。

 

 

 

もちろん、裏切られた時には、どちらであっても こころにはダメージが残ります。

 

 

人は、「増」よりも「減」の方が、深いダメージを受けます。

 

 

 

初めから疑っていて、「やっぱり、そうだった」と「増」になるよりも、

 

「信じていて裏切られた」となる「減」の方が、ショックは大きいのです。

 

 

 

 

人には、もともと「防衛本能」があります。

 

 

傷つきたくない、ダメージを抑えたい。

 

それがあるから、出来る限り 最初から「ダメージが少ない」考え方を選びます。

 

 

何かをする際に「あまり期待しない」のも同じです。

 

はじめから「受けるダメージ」を少なくする傾向があるからです。

 

 

 

こどもたちに それをどう教えていくのか。

 

それは、保護者の考え方によって異なるものであり、どれが正解というものはありません。

 

どちらであってもかまいません。

 

 

 

 

ただ、保育者がこどもに教える場合は、別です。

 

 

「信じること」を優先するからです。

 

 

 

「信じた後の結果」ではなく、「信じること」を教えることが大事だからです。

 

 

 

こどもがはじめて「集団」で生活する場は、この幼児期になります。

 

 

そこでは、もちろんトラブルが多く、裏切りも多いのが現実です。

 

だからこそ、「信じること」を教えてあげる 大変良い機会 になります。

 

 

 

もちろん、友達のものを取ったり、嘘をついたりすることも多くなりますが、

 

その際には、「相手から信じてもらっていること」を教えてあげる良い機会 になります。

 

 

 

「トラブル」が多いからこそ、教えてあげる機会も増え、教えることが大切になります。

 

 

 

 

 

こどもが受ける「ダメージ」を理解して、それを伝える方法も知っておくこと。

 

そうしたものを学び、保育者となります。

 

 

 

「運動」もそうですが、初めての学びには 必ず「クッション」が必要です。

 

保育者は「学び」の場での「クッション」の役割をしているのです。(げんき)

 

 

 

 

 

2019年

10月

22日

その862)保育が好きだ。でも「量」「質」「価値観」で辞めていくのです。

 

 

「保育士」は、ほとんど いや 全員といっていいかもしれません。

 

 

「保育」が好きです。 そして、「こどもたち」が大好きです。

 

 

この「保育」に対する想いがあるからこそ、「保育」という仕事に就くのです。

 

 

 

でも、辞めていきます。 なかなか人も集まりません。

 

 

もちろん、そこには、様々な理由があり、その理由は複雑に絡まっています。

 

1つではないのです。 小さな理由が、いくつも重なっているのです。

 

これは、「介護」に携わる人たちにも いえるのかもしれません。

 

 

 

 

仕事は、3つのモノが アンバランスになれば その仕事は「苦」に変化します。

 

 

それは、「量」「質」「価値観」 のこの3つ です。

 

 

 

 

「量」・・・ これは、増えても減っても「苦」になります。

 

 

仕事の「量」が多すぎると肉体的にも負担が増えます。 

 

逆に少なすぎると 今度は、精神的な負担が増えます。

 

この「量」は、報酬や福利厚生にもいえるのかもしれません。

 

 

 

「質」・・・ これは、「やりがい」につながります。

 

 

人は、口には出さないのですが、「手を抜く」と不快感が生まれます。

 

手を抜いたり、ごまかしたり、もうちょっとちゃんとしたら、、と感じたり

 

そうした「質」が悪くなると 嫌な気持ちになります。

 

 

それは、自分の「質」が落ちるからです。 

 

「ここは、駄目だ」そう感じてしまうのです。

 

 

「質」は、自分の「存在価値」に大きな影響を与えます。

 

 

 

 

 

「価値観」・・・この3つの中では、最も大きな影響を与えるものです。

 

 

「職業観」や「倫理観」です。保育士であれば「保育観」です。

 

 

 

保育士は、年齢やキャリア そうしたものには一切関係なく、ほぼ全員「保育観」を持っています。

 

 

 

こんな保育をしたい。こどもたちに こうしてあげたい。

 

そうした「保育への想い」です。

 

 

 

この「保育観」は、みんな違います。 全員が同じであることは まずありません。

 

だから ぶつかるのです。

 

 

 

先輩は、「なんで、これがわからないの。 何考えているのかしら」となり、

 

 

後輩は、「この人、ほんとに こどものこと考えているの。」となってしまうのです。

 

 

 

「保育観」を全員同じにすることは できなくても

 

保育所として「園全体」の方向性を「園の保育観」として示すことで、

 

手法は違っても、ベースとなる考え方は そろえることができます。

 

 

 

 

この「量」「質」「価値観」

 

 

 

この3つが、うまくバランスがとれると「職場」は「自己実現」の「場」になります。

 

 

「楽(楽しく)」「やりがい」があり、「職業観」が育つ 成長の場となるのです。

 

 

 

この3つが、「園長研修」の「核」となるテーマです。

 

 

 

 

「園長研修・管理者研修」は、ここに この3つから生まれる

 

どのように1年を回していくか、どのように人と人とをつなぐかの「輪」

 

1つ1つの場面に どうやってこころを込めるかの「感動」を加えた

 

 

「量」「質」「価値観」「輪」「感動」 の5つで構成しています。(げんき)

 

 

2019年

10月

21日

その861)人は、みんな「自分のトリセツ」を探しているのです。

 

 

長年、相談支援を行っていると 感じることがあります。

 

 

それは、

 

「人は、みんな 自分のトリセツ(取り扱い説明書)を探している」

 

ということです。

 

 

人は、みんな「自分自身をどう取り扱っていいか」で悩んでいるのです。

 

 

 

 

 

相談の場では、相談内容は、ほとんどの場合、「他者」について です。

 

 

 

「他の人が、こんなことをする。どうしたらいいか」

 

「他の人に、こんなことをされた。どうしたらいいか」

 

 

相談内容は、一見すると 「他者をどう取り扱っていいか」

 

他者のトリセツを知りたい。 そういう風に見えます。

 

 

 

でも、それは 自分自身がどう他者に対して考え、どう行動したらいいか という

 

「自分をどう取り扱ったらいいか」自分自身についての相談です。

 

 

 

世界でもっとも「わからないもの」。

 

もしかすると それは「自分自身」なのかもしれません。

 

 

 

 

この「自分のトリセツ」の扱い方

 

これが、『人間関係のトラブル』を生みだす要因でもあるのです。

 

 

 

 

「自分はこんな人間なのだから、こう あつかってくれ!!」

 

 

そうやって、自分の「トリセツ」を他者に渡してばかりの人がいます。

 

「俺を こうあつかえよ!」的な感じです

 

 

自分の「トリセツ」を他者に強要してばかりいると、それは「トラブル」になります。

 

 

 

その逆の場合も あります。

 

 

「いったい、この人に対して どのように対応したらいいかわからない」

 

 

どう取り扱っていいか わからない人もいます。

 

 

 

 

 

それは、逆に 自分の「トリセツ」を見せなさすぎ なのです。

 

全く見せないと、それは それで「トラブル」の原因になるのです。

 

 

 

 

相談支援やセラピー(療法)の場では、

 

 

自分の「トリセツ」を知る お手伝いをする。

 

自分の「トリセツ」を他者に提示する方法を 一緒に考える。

 

 

この2つのサポートを行っています。

 

 

大切なのは「前者」ではなく、実は「後者」です。

 

 

 

他者との関係がうまくいっている人。

 

それは、自分の「トリセツ」の渡し方が『うまい人』なのです。(げんき)

 

 

2019年

10月

19日

その860)人は、常に「経験」を求めていると思った方がうまくいくのです。

 

 

「楽しい経験」ばかりがあると、誰でも きっと嬉しいし、しあわせを感じます。

 

「毎日、これが続くといいなあ」 きっとそう思うはずです。

 

 

 

でも、残念ながら、「嫌な経験」や「望まない経験」も 時々 あらわれます。

 

 

自分自身が どんなに注意をしていても、なるべくそうならないよう努力しても

 

時に、そうした「嫌な経験」が起こってしまう。

 

それが、人の「人生」です。

 

 

 

理由は、わかりません。 そして、それを避ける方法もわかりません。

 

でも、そうした「嫌な経験」も「楽しい経験」と同じくらい 経験するものです。

 

 

 

 

「嫌な経験」「望まない経験」をされた方をケアしたり、サポートするためには、

 

どんなことを心がけたらいいでしょうか?」 

 

 

相談支援の研修の中で、質問を頂きました。

 

 

 

 

 

 

「経験」は、消すことができません。

 

なかったことには、できないのです。

 

 

 

「経験」は、上書きすることで、その「経験」を打ち負かすしかないのです。

 

 

「経験」を上書きするためには、「質」のよい経験と「量」が大事になります。

 

 

「経験」には「経験」で対抗するしかないのです。

 

 

 

 

 

問題や不安を抱えている人が望んでいることは、

 

その問題や不安を 一気に、そして完全に打ち消すような「経験」です。

 

 

 

 

では、不安を 一気に解消したり、問題をあっという間に消し去るようなそんな「大きな経験」を

 

すぐに体験することはできるでしょうか?

 

 

 

やはり、それは 難しいものです。

 

 

一気に打ち消すような「大きな経験」を期待するよりも、

 

小さな「質」の良い「経験」を たくさん数多く経験することの方が 現実的なのです。

 

 

 

 

「嫌な経験」や「望まない経験」をされた方

 

「不安」を抱えたり、「問題」を抱えている方

 

 

 

そうした方は、「人を信じられない」「世の中を信じられない」

 

そうした「不信感」をお持ちの方が多くいらっしゃいます

 

 

 

何もかも信じられない。 何を信じていいかわからない。

 

そうした思いです。

 

 

 

そうした方に対して、支援者ができることは、「誠実に対応すること」

 

それだけです。

 

 

 

小さな約束を守り、常に その人に対する想いをもって向きあう。

 

 

そうした1つ1つの対応は、その方にとっての1つ1つの「経験」につながります。

 

そうした経験が積み重なっていくことで、ある日 それは、

 

 

 

もう1度、自分に向き合ってみる 力 となり、

 

人を信じることができるための 勇気 になるのです。

 

 

 

支援者は、支援を「対応」という風に思っています。

 

 

それは、支援者が 勝手に思っていること です。

 

 

 

その方にとって、すべては 1つの「経験」なのです。 (げんき)

 

 

2019年

10月

18日

その859)「人」によって「差」が出る「ことば」は使わないことです。

 

 

保護者に対する「ことばがけ」だけでなく、同僚や後輩、新人の先生を指導する際にも、

 

なるべく使わない。もし、使っていれば「修正していく」

 

 

そんな「ことばがけ」というものが、あります。

 

 

 

 

それは、「人によって 差がでる」ことばがけ です。

 

 

 

「人」によって「解釈」がかわってしまう。大きさや量が変わってしまう。

 

そうした「ことば」は、使わないことです。

 

 

 

「はっきりと出るまで、やってください。」

 

「しっかりとできるようになるまで、がんばりましょう。」

 

 

「たくさん、やってみましょう。」

 

「きちんと できるようになるまで 続けましょう」

 

 

 

「はっきりと」や「しっかりと」「たくさん」「きちんと」

 

そうした 副詞的な表現は、人によって そのイメージに差がでます。

 

 

 

 

そうすると、受け取った側の感覚に任せることになるので、結果は異なるものになります。

 

 

 

もちろん「結果」が異なってもいいのであれば、問題ありません。

 

その方なりの「量」でいいし、「解釈」で構わないのであれば それでもOKです。

 

 

 

ただ、誰がやっても「同じ結果」になることを希望するのであれば、

 

やはり「別の表現」が必要です。

 

 

 

 

色がチョコレートに近くなるまで、やってください。」

 

順番を間違えずにできるまで、がんばりましょう。」

 

 

7回以上は、やってみましょう。」

 

上下を間違えなくなるまで 続けましょう」

 

 

 

 

数字や色、回数、手順など「目」で確認できる「ことば」、

 

「手」で数えられる「ことば」であれば、

 

仕上がりやイメージに、そう大きな「差」は、出ません。

 

 

 

 

 

お願いしたり、指示したりする「ことばがけ」は、

 

 

「目」で確認できる「ことば」

 

 

「手」で数えられる「ことば」   にしましょう。

 

 

 

もちろん、こどもたちに何かを教える時も、同じです。(げんき)

 

2019年

10月

17日

その858)どんなことであっても必ず「うまくいく方法」は、あるのです。

 

 

たとえ、どんなことであっても 必ず「うまくいく方法」は、 ある。

 

 

 

こころの底で、そのことを信じているかどうか

 

そのことを、どれだけ信じているか

 

 

ほとんどのことは、すべて『これ』で 決まってしまいます。

 

 

 

「必ず、うまくいく方法は ある」 そう考えるか、

 

 

「うまくいく方法など ないかもしれない」 そう考えるか

 

 

「考え方」一つで、こころにも身体にも 何らかの「反応」があらわれます。

 

 

 

ドキドキしたり、不安が込み上げてきたり、顔が熱くなってきたり、そわそわしたり、

 

目をパチパチしたり、目を閉じたり 人によって、その「反応」は 様々です。

 

 

 

 

この場を借りて、「成功する方法」や「考えたことが現実になる」を説明しているのではありません。

 

 

 

 

保育の話。『ことばがけのお話』 です。

 

 

 

 

先日、保育者研修の中で、こんな質問がありました。

 

 

「先生、言葉がけが上手な先生というのは、何か 特徴というか、感じられるものって

 

ありますか? 私の周りにもいらっしゃるのですが、いつも、なぜあんなにうまいんだろう

 

と感心します。何かアドバイスをお願いします。」

 

 

 

というご質問でした。

 

 

僕なりの感想というか、感覚でもいいですか? そう、おことわりしてから、

 

 

 

 

「空気が読めること」です。 そう、お伝えしました。

 

 

 

 

「空気が読める」とは、

 

微妙な こころの反応や身体の反応を 感じられるかどうか です。

 

 

考えていることは、目にはみえないが、必ず表には現れる と信じているかどうか です。

 

 

 

これは「技術」ではなく、その人が持っているもの なのかもしれません。

 

 

 

「感じるちから」

 

これが「ことばがけ」には、大きな影響を与えます。

 

 

 

 

「ことばがけ」がうまくなるには、

 

「表現方法」を勉強すること、タイミングを知る、表情を読む など 様々なものが あります。

 

どれも大切では、あります。

 

 

 

ただ、どんなものよりも 最も大切なもの。

 

1番大事なものがあるとすれば、

 

 

 

 

それは、たとえ、どんなことであっても 必ず「うまくいく方法」は、ある。

 

そう信じているかどうか です。

 

 

 

 

「ことば」に力を持つ人は、例外なく、みんな そう信じています。

 

 

 

「うまくいくかどうか」は、わからない。そう信じられない。

 

そうした考えがあれば、自ずと「ことば」に力は、感じられなくなります。

 

 

 

 

「ことば」の力とは、何を話すか、どう話すかではなく、

 

『何を考えて、何を信じているか』 だからです。

 

 

 

 

おしゃべりが上手であっても、口下手であっても 

 

それと「ことばに力があるかどうか」は、別の話 なのです。

 

 

 

「信じるものがある」と「感じるちから」が強くなります。

 

 

「感じるちから」が強くなると「ことばの力」が強くなるのです。(げんき)

 

2019年

10月

16日

その857)「虐待」か「しつけ」か「認識」のズレに、そんなに大きな「差」はない。

 

 

 

「虐待」事案が、裁判ケースになって、その罪の重さをはかる際には、

 

 

① 「虐待」か「しつけ」か、どういう「認識」であったのか?

 

② 命の危険を認識していたか? いつ(どの時点で)認識していたか?

 

 

が、争点となります。

 

 

 

●そもそも、その行為自体を「虐待」だと認識していたのか?

 

●命の危険があるとわかっていたのか? それをどの時点で感じたのか?

 

 

が、罪の判断には、大きく関わるということです。

 

 

 

この2つの「認識」

 

 

「虐待をしてしまう人」と「行わない人」

 

そこに 大きな 違いはあるのでしょうか?

 

 

 

 

おそらく、そんなに大きな認識の「差」はないのだと思います。

 

 

どちらの人であっても、

 

 

・その行為自体を「しつけ」と思っている。(虐待は悪い事だとわかっている)

 

・こどもの様子や表情から「命の危険」がある瞬間はわかる。

 

 

その2つは、それほど 変わらないはずです。

 

 

 

 

では、何が 決定的に違うのか?

 

 

 

 

それは 「過剰」であること  です。

 

 

 

「行き過ぎであること」「やりすぎであること」

 

そのバランスをコントロールできないこと。

 

 

 

それが、大きく関わってくるのです。

 

 

 

 

「求めすぎ」「考えすぎ」「こだわりすぎ」

 

 

 

「過ぎること」

 

 

これを自覚できているか、そして「オーバー」したものをコントロールできるか

 

そこが 重要な課題 となるのです。

 

 

 

 

 

保護者の方の面談や継続的なセラピー(認知行動療法)の中で、

 

毎回のテーマとしていることが、この「過剰」について です。

 

 

 

 

 

「過剰である」ライン を共に話し合い

 

そのラインを超えてしまいそうな時に、何を思い出して どうコントロールするか

 

そこを継続的に話し合います。

 

 

 

これが、実際のセラピー場面での「テーマ」です。

 

 

 

 

虐待としつけの違いを説明したり、

 

命の危険の判断基準を話し合ったりするのでは ありません。

 

 

 

●自分自身の「過剰である」傾向を認識すること。

 

●なぜ「過剰である」必要があるのかを認識すること。

 

●それを コントロールするための「トリガー」を認識すること。

 

 

この3つを 具体的に話し合うことが、虐待を避けるためのセラピーのテーマになります。

 

 

時に、

 

配偶者や恋人に対する「過剰な期待」

 

世の中や周囲の人に対する「過剰な期待」

 

 

そうしたものも同時に考えます。

 

 

 

 

「期待すること」は、人が生きていく上で とても大切なものです。

 

 

 

でも、その期待が「過剰な期待」になると

 

人は、自分の中に「モンスター」を作ってしまうのです。 (げんき)

 

 

 

2019年

10月

15日

その856)「声をそろえる」と「思いやり」が育つのです。

 

 

僕が仕事をする部屋は、窓を開けると、こどもたちの声が聞こえてきます。

 

自宅の書斎もそうです。 窓を開けると こどもたちの声が聞こえてきます。

 

 

 

 

それは、目の前に「保育所」があるからです。

 

 

今は、運動会の練習の元気な声が 毎日聞こえてきます。

 

研修出張でいない時以外は、常に こどもたちの声が聞こえる環境で仕事をしています。

 

 

 

 

運動会の練習だけでなく、朝の歌声もそうですが、

 

 

「声をそろえる」ということは、こどもたちにとって とても大切なものです。

 

 

 

なぜなら、「声をそろえる」と あらゆるものが そろい始めるからです。

 

 

 

 

もちろん、急に くつが揃うことや、遊び道具のお片づけができるようになる。

 

というわけでは、ありません。

 

 

それは、集中の問題であって、他のことに夢中になっているから忘れてしまう。

 

 

それは ある意味、「こどもたちの集中力」「夢中になる力」のなせる業だからです。

 

 

 

 

そうではなく、もっと「大切なもの」がそろいはじめるのです。

 

 

 

それは、「こころをあわせる」想いが 育つということです。

 

 

 

 

 

人と人とのこころが揃うとは、「こころのチューニング」を合わせること です。

 

 

 

人に寄り添ったり、一緒という感覚を学んだりするのに、

 

一番 大きな影響を与えるもの。 それは「音」です。

 

 

 

「音」を出すための「口」であり、

 

 

「音」を感じるための「耳」であり、

 

 

「音」と一緒に見えるものを感じる「目」

 

 

 

この3つが揃って はじめて、人は「他人の思い」を感じることができるのです。

 

 

 

「こころを育てる」3つの器官があるとすれば、

 

それは「口」であり、「耳」であり、そして「目」なのです。

 

 

 

この3つの器官を使って、人とそろえる練習をすることで、

 

自然に「人を想う」気持ちも 育っていくのです。

 

 

 

 

 

そして、なによりも大切なこと。

 

 

それは「声をそろえる」と 

 

「自分は、一人ぼっちじゃないんだ」って 気づけることです。(げんき)

 

2019年

10月

14日

その855)「何かを改善する」なら、「朝」にしなさい。

 

 

 

●こどもたちへの働きかけの「何か」を変える。

 

 

●保護者への対応の「何か」を変える。

 

 

●「職場の環境改善」を行うために「何か」をはじめる。

 

 

 

 

どんなことでもそうですが、「何か」を変える。「何か」を改善するのなら

 

やるのは、「朝」 です。

 

「午前中」に行うのです。

 

 

 

結果を出したいのであれば、「改善活動」は、「朝」(午前中)行うこと。

 

 

これを、ご相談にいらした方には、アドバイスしています。

 

 

 

その理由は、実にシンプルです。

 

 

 

それは、時間が経てばたつほど、変化を拒むから です。

 

「変化」を起こす エネルギーがなくなるから です。

 

 

 

 

「変化」というのは、たった1回で起こることは 稀です。

 

1回で起こった「変化」は、1回でも元に戻ります。

 

 

 

「変化」は、繰り返し。継続がなければ、定着しないのです。

 

 

 

 

「業務の改善」や「人間関係の改善」も 同じです。

 

 

 

たった一言で改善されたり、1回で改善されることは まずありません。

 

何度も何度も行うから、 いつの間にか 変わっていくのです。

 

 

 

●「朝」、少しだけ 挨拶を変えてみる。

 

●「朝」、少しだけ 先延ばしにしていることを やってみる。

 

●「朝」、少しだけ 活動時間を変えてみる。

 

●「朝」、少しだけ 活動内容を変えてみる。

 

●「朝」、少しだけ 遊びを入れてみる。

 

●「朝」、少しだけ 身体を動かしてみる。

 

●「朝」、少しだけ 片付けておく。

 

 

 

「朝」、少しだけ

 

 

この少しだけが、大きな差や 劇的な改善につながるのです。

 

 

 

 

 

 

優秀な人や結果を出す人と 自分自身の「差」は、そんなに大きくありません。

 

ほんの「少しだけ」の「違い」なのです。(げんき)

 

 

 

 

2019年

10月

13日

その854)保育者は、もともと「ストレス耐性」は強いはずなのです。

 

 

 

「保育」という現場は、「ストレス耐性」を強くする稀な職場 です。

 

 

「ストレス耐性」とは、ストレスに耐えうる力 です。

 

 

それを「強化する」ことができる職場である ということです。

 

 

 

その理由は 簡単です。

 

 

一般的な「ストレスを解消する方法」が、すべてそろっているからです。

 

 

 

 

☆「歌うこと」は、こころの浄化作用があります。

 

 

☆常に「笑顔」と「笑い」があふれる環境にあります。

 

 

☆小刻みに「有酸素運動」を行い、常に 身体を動かしています。

 

 

☆癒される「存在」に常に囲まれています。

 

 

 

こうしたものは、通常「ストレス」を解消するために使うものです。

 

 

これが、すべて 「業務」の中にあふれている環境。

 

こうした場にいれば、通常「ストレス耐性」は強くなるはず なのです。

 

 

 

 

でも、実際は、かなり「大きなストレス」を抱えています。

 

 

 

 

それは、人が心身共に疲労してしまう条件もまた すべて揃っているからです。

 

 

 

 

★常に「注意」をしておかなければならない。

 

 

★常に「危険」に注意し、「安全」にこころがけなければならない。

 

 

★責任が重大である。

 

 

★ギリギリの人で回さなければならない。

 

 

★こどもたちに関する心配ごとや不安も多い。

 

 

★人間関係が複雑なことも多い。

 

 

★休憩時間が取れない。気分転換をする時間も場所も取れない。

 

 

★休みがとれない。長時間労働である。

 

 

★身体的な疲労がとれない。常に身体の一部に負荷がかかっている。

 

 

★常に大量の業務に追われている。

 

 

★待遇・処遇面で 十分ではない。

 

 

 

これだけの「ストレス要因」がある「職場」なのです。

 

 

 

これだけの要因があれば、通常であれば 人は壊れてしまいます。

 

 

でも、それでも 笑顔でがんばることができるのは、

 

 

「ストレス耐性を強くするもの」 > 「ストレス要因」

 

 

が 多少、上回っているからです。 もちろん、多少 です。 

 

 

 

 

 

この大きな「ストレス要因」を保育現場では、出来る限り解消できるように

 

管理者や園長先生、さまざまな人たちが、一生懸命に努力しています。

 

 

 

みんな このことを わかっているからです。

 

誰もが「このままではいけない。」そう思い、今できることを探しながら、

 

一生懸命に、この負担を減らそうと努力しています。

 

 

それが、「保育の現場」 です。

 

 

 

 

「保護者支援」や「気になる子の支援」

 

僕自身は、そうした研修の機会をたくさん頂いていますが、

 

一番ベースにある考えは、「保育者支援」です。

 

 

 

 

「保育者を支援したい」という想いがあって、

 

はじめて「保護者支援」や「こどもたちの支援」を伝えることができるのです。

 

 

 

この3つは、すべてセットになっている 切り離せないものだからです。

 

 

 

 

「支援」というのは、

 

 

●「元気や勇気を与えるもの」なのか、それとも

 

●「負担や障害を減らすもの」なのか

 

 

 そのどちらか です。

 

 

 

 

 

自分は、そのどちら側にいるのか、それを自覚することが

 

 

「支援者」が一番最初に考えなければならないもの なのです。(げんき)

 

2019年

10月

12日

その853)園長先生の仕事は「当たり前」にやっていることを書き出すことです。

 

 

 

毎日、自然にやっていること。

 

毎日、当たり前のようにやっていること。

 

毎日、無意識にやっていること。

 

 

 

日常生活でも、園の運営でも、日頃の保育であっても そうしたものは、必ずあります。

 

 

 

「自然に」「当たり前のように」「無意識に」やっているからこそ 混乱しないのです。

 

 

これが、「ぎこちなく」「その都度 意識しながら やっている状態」

 

 

すべてが「初めての頃」のような状態であれば、ミスやトラブルも多く発生し、混乱します。

 

 

無意識になっているから 自然に、安心して毎日を過ごすことができます。

 

 

 

 

人が物事を習得し、新しい習慣を身に付けるには 流れがあります。

 

 

 

それは、「無意識」 → 「意識」 → 「無意識」 という流れです。

 

 

 

 

 

無意識にやっていることを、一度 考えてみて

 

あらためて意識してやってみる

 

すると、それがまた 無意識にできるようになる。

 

 

という 流れです。

 

 

 

この意識をすることを「意識化」といいます。

 

 

僕の研修を聞いてくださった先生は、きっと うなづいてくれているかと思いますが。

 

 

 

 

一度、「無意識」にやっていることを「意識化」することが大切なのです。

 

 

 

 

先日、知り合いの園長先生に あるフォーマットをお渡しして

 

 

園内の行事から保育の流れ、運営までを 書き出してもらいました。

 

 

当たり前にやっている、無意識にやっていることを 紙に書き出してもらい

 

 

「意識化」してもらったのです。

 

 

 

 

誰かに説明するために書き出すように、1つずつ 丁寧に書いてもらいました。

 

 

 

すると、時折ですが、立ち止まる。ペンが止まる瞬間がありました。

 

 

 

「あっ、そうそう、ここが一番 バタバタしてしまうんですよね、」のような気づきや

 

 

「この業務を改善しないと、どうしても先生に負担がかかってしまうんですね」

 

 

と 小さな発見が現れるのです。

 

 

 

 

どうして、そんな気づきが生まれるのか。

 

 

それは、「流れ」で考えているからです。 

 

 

 

 

1日の流れ、業務の初めから終わりまでの流れ。

 

1週間の流れ。1か月の流れ。1年の流れ。

 

 

 

その「流れ」を書き出して → でフロー化していくと 

 

今、改善しなければならないことや、忘れていた長年の懸案事項がみつかります。

 

 

 

これが「園長先生の仕事」です。

 

 

 

「流れ」を確認する。

 

「無意識」になっていることを あらためて「意識する」

 

 

これほど大切な仕事は ありません。

 

 

 

 

ノートとペン。紙と筆記用具。

 

 

それだけで、職場を改善するヒントは、十分に得ることができます。

 

 

 

 

「考える」とは「頭を使うこと」と考えがちですが、

 

 

「考える」とは「手を動かして考えること」 です。

 

 

 

「書きながら考える」

 

「頭の中」だけで考えないことです。

 

 

 

 

頭の中だけで考えていると、誰にも それはわかりません。

 

 

でも、紙に書き出して考えていると

 

 

あなたの後ろにいる神様が、「あー、そこは変えた方がいいよね」と

 

「ひらめき」という「アドバイス」をくれるのです。(げんき) 

2019年

10月

11日

その852)「学童保育」と「幼児保育」は、似ているようで全くの『別物』なのです。

 

 

先日、長崎で、学童保育指導者研修会がありました。

 

 

ご参加頂いた先生とのお話の中で、

 

「保育士の資格を持った方が応募されて、いざ勤務されると なかなか続かないです。」

 

「すぐに辞めてしまうんです。」

 

 

そうお話されていらっしゃいました。

 

 

 

 

 

実は、それは、その方の能力とか、実力というわけではありません。

 

 

それは、「学童期」と「幼児期」のこころの動きの違い があるからです。

 

 

 

 

 

資格があるなしとかではなく、

 

 

「学童期のこども」をみて、「幼児期のこども」をみるのと

 

「幼児期のこども」をみて、「学童期のこども」をみるのは、

 

 

全く 異なります。

 

 

 

保育者の心的負担度は、後者の方がはるかに高いのです。

 

 

 

 

理由は、簡単です。

 

 

それは、こどもたちの「こころ」が成長しているからです。

 

 

僕がよく研修で使う貼りものでいえば、「認知」「感情」「行動」の「認知」が成長しているのです。

 

 

でも、成長というのは、すべてが 前向きなものではありません。

 

 

 

「成長」するということは、自らの考えや意思が強化されるということです。

 

 

そうすると、反論したり、言い返したり、無視したり、文句をいったり

 

そうした「気持ち」を形として表現することができます。

 

 

 

 

もちろん、幼児期でも それはあります。

 

 

ただ、その量と質、そしてエネルギーは、「学童期」になると 比べ物にならないのです。

 

 

 

そのエネルギーに圧倒され、幼児期のこどもたちとあまりに違うため、

 

自信をなくして、退職してしまうのです。 あまりに違いすぎるからです。

 

 

 

 

 

 

「保育者向け研修」と「学童保育指導者向け研修」

 

 

 

この2つの研修。 1つだけ 追加される内容 があります。

 

 

 

それは、「感情コントロール技術」 です。

 

 

 

「自分の感情」を流すことができる方法 を学ぶこと です。

 

 

 

 

カッとなってしまう。思わず、こどもに対してムカッとしてしまうこと。

 

この感情は、間違いなく 発生します。

 

 

 

「いや、私はまったく起こらないです」といわれる方には、

 

 

万が一爆発した際のエネルギーは、強烈になるので、なるべく注意してもらっています。

 

 

 

 

自分の感情を理解し、その時のこどもたちの感情を理解し、共有する。

 

そして流せる技術。感情の波にのまれない技術が必要になるのです。

 

 

 

この点をおさえておかなければ、どんなに研修を受けても

 

また 日々の悶々とした「保育業務」が続いてしまいます。

 

 

 

「幼児期の保育」と「学童期の保育」。

 

 

この2つは、1つの流れとして「連続性」をもっています。

 

 

まるで、「海」のようなもの です。

 

 

 

 

 

「海」は、穏やかな波の日もあれば、台風時のように荒れた波の日もあります。

 

 

でも、 それは 同じ1つの「海」です。

 

 

 

サーフィンのように、うまく波に乗ることができれば、

 

これほど 楽しい経験はないのです。(げんき)

 

2019年

10月

10日

その851)「保護者支援」がうまい園は、かなり高い確率で「働きやすい」園です。

 

 

 

「保護者支援」がうまい園は、かなり高い確率で「働きやすい」園である。

 

 

 

これは、僕がこれまでの経験から導き出した結論です。

 

 

 

「保護者支援」と「働きやすさ」は、大いに関係があるからです。

 

 

 

 

 

そもそも「働きやすさ」とは 何か?

 

 

もちろん、賃金の高さや休みが取れるかどうか そうした点は大きな要素ではあります。

 

 

 

ただ、もっと もっと 深い部分で考えていくと

 

 

「自分自身が認められているかどうか」 ということです。

 

 

 

 

自分の能力を認められ、存在自体を受け入れられて、大切にされている

 

 

そう自分自身が、感じることができれば、それはとても「働きやすい」職場になります。

 

 

ずっとここで働きたい。やめたくない。 誰でも人は、そう思う ものです。

 

 

 

 

 

 

では、「保護者支援」がうまくいっていると どういうことが起こるのか?

 

 

 

いったい、どんなことが起こるのでしょうか?

 

 

 

こどもたちが元気になる。 保護者の雰囲気が良くなる。

 

 

もちろん、そうしたことは起こります。ただ、それは「副産物」にすぎません。

 

 

 

 

本当に手に入るもの。 

 

 

それは、

 

自分の能力を認められ、存在自体を受け入れられて、大切にされている

 

 

そう、「自分が認められている」という誇り なのです。

 

 

 

 

 

「保護者支援」というと、書籍であれ、なんであれ あらゆるものが、

 

 

 

「保育者」→「保護者」

 

 

という図式になっています。

 

 

サービスの一環であり、受ける喜びは、すべて「保護者」である。

 

 

そういう風に描かれているものが、ほとんど です。

 

 

 

 

とんでもありません。 逆です。

 

 

「保護者支援」で一番成長し、一番の喜びを得るのは、他でもない「先生」です。

 

 

図式は、「保護者」→「保育者」 なのです。

 

 

 

 

「保育者」→「保護者」に見えるものは、

 

実は、「保護者」⇒⇒⇒「保育者」 なのです。

 

 

 

与えているものの、何倍も 喜びを得ているのです。

 

 

 

「保育者」を成長させるもの。

 

 

それは「こどもたち」と「保護者」です。

 

 

 

「保育」というのが、こどもたちの成長のお手伝いをしていると思われがちですが、

 

こどもたちの「成長」の何倍も、保育者自身が成長しているのです。

 

 

 

 

人は、自らが成長していると感じる場から 離れることはありません。

 

人が離れる原因の多くは、「ここでは自分は成長しない」という思いだからです。

 

 

 

 

そのことを理解している園長先生がいて、園全体で認識している。

 

そんな園が、「働きにくい園」であるはずがないのです。

 

 

 

 

「保護者支援」とは、

 

 

「保護者に自分は支援されているんだ」という想いのお返しなのです。(げんき)

 

 

2019年

10月

09日

その850)「DV」も「虐待」も「トラブル」も3つのものをどうコントロールするかが「鍵」

 

 

昨日、保育者研修会の中で ご質問をいただきました。

 

 

「先生、最近 ニュースで、DVだったり、虐待だったり、そうしたニュースが

 

ほとんど毎日あるじゃないですか? 今、園では そうしたケースはないですが、

 

やはり起こる可能性というのは あるのでしょうか?」

 

 

という内容です。

 

 

最近では、「虐待事案」も 保育者だったり、先生だったり、保護者に限らないものも増えてきました。

 

 

 

可能性は、もちろん 0ではありません。

 

それは、どの園だからということではなく 誰にでも可能性はあるから です。

 

 

 

 

基本的に DVも虐待も、人間関係トラブルやパワーハラスメントであっても、

 

3つのもの が必ず関連します。

 

 

① 衝動性(速さ)

 

② 抑制力(抑える力)

 

③ 罪悪感(正当性)

 

 

 

この3つです。

 

 

①衝動性は、スピード。速さです。 易怒性や易刺激性のように 

 

カッとなりやすかったり、刺激に反応しやすかたり、そのスピードです。

 

 

 

②抑制力は、抑える力。我慢する力です。

 

たった数秒でもいいので、自分の感情を抑制することができるかどうか です。

 

 

 

③罪悪感は、正当性とほぼ同じです。

 

罪の意識や反省があるかと、自分自身を正当化して、理由をつけること。これは同じです。

 

自分は悪くない。自分は正しいのだという意識です。

 

 

 

 

この3つです。

 

 

 

僕は、企業内での「ハラスメント」の相談対応や、医療現場でこうした方への支援チームにも参加していますが、

 

基本は、この3つが 深く関わっています。

 

 

 

 

この3つは、何も特別なものではなく、

 

どんな関係や、どんな組織であっても よく見られるものです。

 

 

 

この3つを どうコントロールするかが、「鍵」になります。

 

 

 

この3つをコントロールできれば、そうしたものが発生すること自体が困難になります。

 

 

 

では、どうやって この3つをコントロールするか。

 

 

基本は、この3つを 一度 意識してもらう。

 

 

「学ぶこと」が一番最初に行わなければならない 大事なステップです。

 

 

まずは、その内容を知る、理解することが 最優先事項です。

 

 

 

 

でも、、実際に 暴力をふるう人に学ばせることは困難です。

 

 

DVの加害者や、虐待の加害者、パワハラの当事者に、これを「ご説明しますよ」と言っても

 

それは、、「なんだ、おまえ!!」となってしまいます。

 

 

 

「説明すること」は、まず不可能です。

 

 

 

では、どうするか。

 

 

 

それは、被害を受けている方と協力して、「環境」を整えるしかありません。

 

 

 

 

まず、被害を受けている方に、この3つをご説明し、理解してもらい、

 

それを「環境調整」で解決していくのです。

 

 

 

「環境調整」とは、

 

 

「時間」「空間」「関係」「ことば」「動作」「しぐさ」「タイミング」「表情」

 

など、あらゆるものを調整する技術です。

 

 

もちろん、すべてではなく、その方と当事者に関係する、もっとも影響力のあるものを

 

1つ1つ調べて調整していく、かなり難しい技術になります。

 

(環境調整という言葉はよく耳にするのですが、実はかなり難しい技術なのです。)

 

 

 

「環境調整」によって、

 

① 衝動性(速さ)を改善し、

② 抑制力(抑える力)を改善し、

③ 罪悪感(正当性)をコントロールする

 

 

僕は、こうした方法をとっています。

 

 

2020年度から「保育者研修」では、さらに専門的な研修内容を追加いたします。

 

その中で、この3つの「環境調整」もお伝えする予定です。(げんき)